

今月の絵『Vortaro』 by Ryu Itadani
日本エスペラント協会に聞く、おもしろすぎる言語の世界(月刊ステテコ1月号)
新年1月になりました。今年も「身近なしあわせ」を求めて、時の古今、場所の東西を問わず、暮らしのヒントになるお話を届けていきたいと思います。2026年の最初のテーマは「世界の言葉」。東京・早稲田にある「日本エスペラント協会」を訪ね、国際言語として知られるエスペラント語について、臼井裕之さんと佐藤隆介さんにお話を聞いてきました。
*「エスペラント」は1887年にルドヴィコ・ザメンホフという青年によって作り出された言語です。民族同士の争いを無くして平和な世界を求める国際語として発展してきました。この記事の中では言語として「エスペラント語」、その話者を「エスペランティスト」と表記いたします。

いろんなお話を聞かせてくださった日本エスペラント協会の佐藤さん(左)と臼井さん(右)
――さっそくですが、なぜザメンホフはエスペラント語を作ろうと思ったのですか?
ケンカをやめさせたい青年
臼井さん ストーリーには表と裏があってね。まずポーランドという地域が関係しています。エスペラント語が発表された1887年当時、ポーランドは国としては独立を失っていて、ザメンホフが暮らしていたワルシャワのあたりにはロシア人、ポーランド人、ウクライナ人、ドイツ人、ユダヤ人など、いろんな民族が住んでいて争いが絶えませんでした。
少年時代のザメンホフは、家では「民族の違いは関係なく、人類はひとつなんだよ」と教わるけれど、外に出ると民族間の争いがあって心を痛めていた。どうしたらケンカがなくなるのかと考えていたら、言語と宗教が違うことが理由なんじゃないかと思った。つまり民族間の争いをなくすために、共通の言語と宗教を考えた、というのが表側のストーリーなんです。
――その裏側というのは?
自分たちに言葉はあるか
臼井さん もう1つは彼がユダヤ人だったこと。ユダヤ人は民族として最も迫害されていたのですが、ザメンホフはその原因がユダヤ人に自分たちの言葉がないことにあると考えた。それは必ずしも事実ではないけれど、ザメンホフはそう思っていた。
ロシア人にはロシア語が、ドイツ人にはドイツ語がある。ロシアや東ヨーロッパのユダヤ人にもイディッシュ語というのがあり、ザメンホフはその文法を書きかけていますが、当時は「俗語」扱いで評価が低かった。そういう「自分たちの言葉じゃない」言葉を喋ってるユダヤ人のために、胸をはって喋れる言葉を作るという発想があったのだと思います。

書店コーナーにはエスペラント語で書かれた絵本もたくさんありました
子どもたちと人工言語
――臼井さんがエスペラント語に興味に持ったきっかけは?
臼井さん 小学生の時に見た参考書でエスペラント語を知りました。ザメンホフが出てきて、民族紛争とかについて書かれた説明の中に「人工語」ってあって。一体どんな音がするんだろうってワクワクしたのを覚えています。
――子どもはきっとワクワクしますよね。
臼井さん 僕が小学生だったのは1970年代後半だったから、まだ小学校に英語の授業もない時代で、図書室に語学の本も置いてないし、調べたくても調べようがなかったんですけど、今はもう時代がまったく変わって、最近、8歳の子が入会してくれましたよ。「自分で人工語を作って、仲間を増やしたいから入会します」と。すごいですよね。今の小学生は自分で調べて入会してきちゃう。
――AI時代の子どもが「人工語」に興味を。
佐藤さん 何となく気持ちはわかりますね。僕も10歳からプログラミング言語を学んでいたのですが、「人工的に作ったものってちゃんと動くんだ」っておもしろいと思いました。最近の小学生もプログラミング言語を学ぶ中で、人間の言葉にもきっと似た仕組みがあると感じるのだと思います。
――言語が人を動かすということですか?
佐藤さん そうです。言語は自然のものではないですけど、人間が自然に触れるためには言語を通さないと情報共有できないので、ある意味では世界の仕組みの大部分です。きっと子どもは社会の謎の大半が言語の中にあるって思うんですよ。
――エスペラント語の勉強は何から始めるのが良いですか?
臼井さん 人それぞれですけど、大手出版社の語学シリーズに入っているものがやはり知られています。「白水社」の『エクスプレス エスペラント語』(最新版は『ニューエクスプレスプラス エスペラント語』)や、「大学書林」から出ている『エスペラント四週間』など……。後者はちなみに1961(昭和36)年が初版です。
佐藤さん 「四週間シリーズ」って結構定評があるんですよ。同じルールに基づいてるから、いろんな言語を学びたい人はとりあえずこれをやるといいって。最近、当協会の理事長が3週間で終えたって話が「X」で話題になってます(笑)。
臼井さん 語学って本当にその人の性格によってやり方がいろいろあって、お仕事のためにはならないかもですが、この10年くらい、エスペラント語の学力検定試験を受験する人は若い人ばっかりなんですよ。

さまざまな資料を用意して取材を迎えてくださいました
人工言語で描かれるバーチャルワールド
――子どもだけでなく、広く若い世代から注目されるのはなぜなのでしょうか?
臼井さん プログラム言語のように、バーチャルな世界では言語も作れますよね。実際、ザメンホフが自分の頭のなか以外にはまったく存在しない言葉を作ったことは、今の言葉でいえばバーチャル的なものですし、宮沢賢治がエスペラント語を勉強していたことはよく知られていますが、それもやはりバーチャルな世界を考えていたと言える。今、人工言語に興味を持つ若い世代にも彼らと同じような現象が起きていると思うんですよ。
――確かにバーチャルはとても身近だと思います。
臼井さん バーチャルとの関係という意味では、例えば「ことのはアムリラート」という異世界もののパソコンゲームでエスペラント語をベースにした人工言語が使われていたり、『地球の歩き方 ムー ~異世界の歩き方~』にはエスペラント語の会話集が載っています(笑)。
――異世界への旅に使える言語として。
臼井さん ほかにもアメリカのSF作品の『スタートレック』の中で宇宙人たちが使う「クリンゴン」っていう言語があるんですけど、熱狂的なファンたちがそれを使いこなしちゃってるんです。2年ぐらい前に、日本エスペラント協会の会誌の表紙にクリンゴン文字を載せたことがあって、それをカナダから来たエスペランティストに見せたら……。
――どんな反応でしたか?
臼井さん 「僕、本当はね、エスペラント語よりクリンゴンの方がよく喋れるんだよ。今着てるTシャツもクリンゴンのテキサス方言でね…」って(笑)。
――ユニークな方ですね(笑)。
臼井さん 人によってはエスペラント語のような言語は、国際コミュニケーションを改善するために考えられた言葉であって、クリンゴンみたいなエンターテイメントの言語とは違うんですって思うかもしれないですけど、事実としてゲームソフトや異世界コンテンツで親しまれているというのは、エスペラント語がクリンゴン化してるってことですよね。真面目な国際交流のための言語がエンタメ化している。
――確かに。
臼井さん でももしかしたらエスペラント語が本当に国際共通語になるのは、僕たちが生きてる間どころか1000年、2000年、その後だってないかもしれない。ならばエンタメ化してでも生き延びていけばいいって思う気持ちもあります。
佐藤さん どんどん越境してね。

3階にあるエスペラント語専門の書店スペース。さらに4階にはすごい図書館があります
ステテコプンクトツォーオーモー
――最後に、ステテコドットコムをエスペラント語で発音するとどうなるのでしょうか?
佐藤さん ステテコ・プンクト・ツォーオーモー、ですかね。
――おお!
佐藤さん エスペラント語は名詞がすべて「-o」で終わるのですが、「ステテコ」も「オ」の母音で終わってるからちょっとエスペラント語っぽいですね(笑)。
――大満足です。本日はありがとうございました。
臼井さん、佐藤さん はい、ありがとうございました。

エスペラント語の普及、発展を目的として1919年に「日本エスペラント学会」として設立。新宿区の早稲田駅から徒歩1分にある「エスペラント会館」には事務所や書店スペースのほか、およそ2万タイトルあるという日本一の蔵書数を誇るエスペラント図書館も。ぜひお気軽に遊びに行ってみてください。
ウェブサイト:www.jei.or.jp
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