

今月の絵『ライカ』 by Ryu Itadani
祝40周年! 路上観察学会に聞く、愉快な散歩術(月刊ステテコ2月号)
冬本番の2月。ついつい家に篭りがちになりますが、健康のためにも少しは運動が必要です。寒さに負けずに散歩に出かけたくなるヒントはないものか…サンポ…サンポミチ……路上だ! ということで今回は、数々の路上の達人を輩出してきた「路上観察学会」の事務局を訪ねてお話を伺ってきました。取材に応じてくださったのは同局の前田和男さんと濱田研吾さん、そして金沢21世紀美術館の本橋仁さんと石川聡子さんです。
「路上観察学会」とは、前衛芸術家で作家の赤瀬川原平さんや建築史家で建築家の藤森照信さん、イラストレーターの南伸坊さんや林丈二さん、編集者の松田哲夫さん等によって1986年に結成された学派です。40周年を迎える今年は金沢21世紀美術館と東京の松濤美術館で関連した展覧会なども予定されています(詳細は後述)。でもいったい、路上で何を観察するのでしょうか? 謎と驚きと笑い溢れるお話を、ごゆっくりお楽しみください。

バイブル的入門書から旅企画ものまで、たくさんの関連書籍があります
――路上観察学ではどんなものを観察の対象としているのですか?
濱田さん 路上観察学会が関わった本や雑誌などでは、公式の定義として「路上に隠れ潜む、通常は景観、美観とはみなされない建物や看板を物件として採集し、博物史的視点や見立てによって解読している。観察対象は建物、建築、装飾、壁、塀、階段、雨戸、郵便受け、看板、張り紙など多岐に渡る」と記しています。
前田さん 公式ですけど、あまり意味はありません(笑)。

赤瀬川原平「純粋階段」東京 ©︎赤瀬川原平(路上観察学会事務局蔵)
――なぜそれらを観察しようと?
濱田さん 1986年の発足当時はバブルだったんですよね。
前田さん バブルの真っ盛りだよ。町がどんどんツルピカ化してるってことだろうけど、その前に寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』っていうのが1960年代にあって、路上観察と直接はつながってはいないんだけど、要するに意識として「外へ」出てくっていうのがあった。赤瀬川さんもパフォーマンスとして白衣を着て路上でゴミを拾ったりね、東京オリンピック直前の頃だけどね。大体アートなんてものは、部屋に篭ってしかめっ面してやるものだと思われてたわけで、街頭に出てっていうのはあまりなかったんだけど、そういうのも繋がってんのかな。まぁこんな偉そうなもんじゃないですけどね。
本橋さん 路上観察学会には設立前夜みたいなものがあって、メンバーが突然ギュッと集まったわけではなく、それぞれ別の活動をされていたんです。
前田さん そうそう。散兵戦というべきかね、あっちゃこっちゃでそれぞれ独自にやってたわけですね。その経緯はちょっと話が長くなるけども。

藤森照信「スリル満点スベリ台」東京 ©︎藤森照信(路上観察学会事務局蔵)
本橋さん マンホールの蓋が好きな林丈二さんがいたり、一木努さんは取り壊された建築のカケラを集めてたり、藤森照信さん、堀勇良さんは建築探偵団の研究者でしたし、赤瀬川原平さん、飯村昭彦さん、鈴木剛さんなどはトマソン(*1)的なものという感じで、それら個別の興味が束になったのが1986年だったっていう。
*1 超芸術トマソン:プロ野球・読売ジャイアンツにやってきた同名の助っ人外国人選手が振るわず、助っ人にも関わらずベンチを温め続ける姿に芸術を超えたものを感じたことから生まれた言葉。
――路上観察は当時として新しい感覚だったんでしょうか。
本橋さん もうこの頃は都市に出て町の構造を見る研究者はたくさんいたんですが、その人たちは空間を構造的に大きく見るから、個別のユニークなものがそぎ落とされちゃうんです。そうじゃなくて、路上観察学は空間派じゃなくて物件派なんだと。彼らは路上で見つけたものを「物件」と言っていたんですが、見方とか分析の仕方が違うんですね。
濱田さん もっと古くから、町を歩いてる人やファッションとかを定点観測していた今和次郎の「考現学(*2)」もつながるところはあるんでしょうね。
*2 考現学:過去から学問する考古学に対して現在の社会を学問するべく、1920年代に民俗学者の柳田國男の弟子筋だった今和次郎が提唱。

南伸坊「TVガーデン」東京 ©︎南伸坊(路上観察学会事務局蔵)
変化の狭間にトマソン現る
――発会から40年、路上観察学会が見てきた「物件」にも時代の変化を感じますか。
前田さん 都市論的にはバブルがやっぱり決定的だよね。町の形が変わっちゃうわけだから。たぶん東京オリンピックがその始まりなんだけど、さらにその前に江戸が東京になるときも相当変わってるわけです。それから日本の産業革命のあとで大正が変わって、戦争があって、東京オリンピックをやって、バブルでポンッという。ちょうどそれを見届けてきたって感じがするんじゃないですかね。
本橋さん 路上観察学会の人たちが見てるものって、別に古いものを愛でてるわけじゃないんですよ。トマソンでいうところの「純粋階段(四谷階段)」とか、ああいうものって開発の狭間に必ずある。変化がなければああいう状態は起きないので、常に変化の狭間を見るというか。
それと都市計画って一気に町が作り変えられちゃうから新旧がまったく混在せずに均質化した都市になってしまうところがあるんですが、その均質化が1960年代ぐらいから批判され始めて、1970年代ぐらいから積層した都市の歴史を研究する見方が出てくる中で「新旧の狭間にトマソンを見る」みたいな視点が生まれるのも自然な流れなのかなと思ったりします。
-1024x683.jpg)
松田哲夫「孤独なガードレール」東京 ©︎松田哲夫(路上観察学会事務局蔵)
路上的世界で
――海外にも路上観察学的な世界はあるんですか?
本橋さん 海外も結構あります。
前田さん 路上観察学会でヴェネチアに行ったときなんて面白いものが死ぬほどあったよ。街角に円錐を半分に切ったようのがあって、なんだと思って聞いたら、そこでおしっこしてごらんっていうわけだ。その形に向かっておしっこしたらもろに自分に被るから、要するに電信柱の下とかに小さくつけた日本の鳥居と同じなんだ。「小便無用」なんだよね。これは面白いなって思ったけど、何が面白いんだって言われちゃって(笑)。
本橋さん やっぱり海外の人も路上観察的なことはたくさんしてて、最近、路上園芸家の村田あやこさんの『緑をみる人』(雷鳥社)という本が出たんですけど、彼女は街の隙間に見つけた植物をインスタで投稿してるんですが、同じような写真をアップしてる人が世界中にたくさんいることに気づいて13か国18人にインタビューしているんです。
前田さん 林丈二さんのマンホールの蓋もそうだよね。こんなことやるのは林さんだけだろうなんて言ってたんだけど、イギリス留学中にマンホールの蓋に関心を持ち収集していた日本人女性がいて、帰国後に自分より先にやってる人がいるのを知ってびっくりして訪ねてきたそうです。
――へえ、面白いですね。
本橋さん 日本だけの視点じゃないってところもあるし、今はそれがシェアできる時代になってますからね。
前田さん ある意味じゃつまんなくなったかもしれないけどね(笑)。

左上から時計回りに金沢21世紀美術館の石川さんと本橋さん、筆者、路上観察学会事務局の濱田さんと前田さん
路上は「知らぬが楽しみ」
――みなさんは何か路上観察的な視点をお持ちですか?
本橋さん 僕はずっとレンガの人です。日本は明治から大正まで40年間ぐらいがレンガの時代で、その間に作られたレンガがたくさんある。レンガってレゴブロックみたいに組み替えたら別のものになるから転用、転用でいろんなところに使われていて、町の中に探すと結構あるんですよ。ずっとそういうレンガばかり見てると「レンガ目」というか、レンガに目が吸い取られる瞬間がある(笑)。
――「レンガ目」が備わっちゃったんですか(笑)。
前田さん 本橋さん、当然あそこ行ってるよね、栃木県の野木のホフマン式のレンガ窯。あれはなかなかなもんだよ。要するにレンガ工場なんだけどそれ自体がレンガで作られてるんだよね。まだあるのかな。
本橋さん まだ見学できるみたいですよ。ほかにもホフマン窯はあって、深谷にも残っています。そこで作られたレンガが碓氷峠の工事でも使われていて……でも土木工事っていつか終わるじゃないですか。
――はい、終わります。
本橋さん 工事は終わっても生産拠点は残っちゃうから新しい販路を見つけなきゃいけない。そうするとどんどんレンガが民間に落ちてくるんですよね。
――なるほど。
本橋さん 住宅の基礎とか、ちょっとした変なものにもレンガが使われだして。それで深谷とか本庄とか高崎とか伊勢崎の辺はレンガだらけに。それは京都も一緒で、琵琶湖疎水のために御陵(みささぎ)にレンガ工場があったんですけど、やがて工事は終わっちゃうから、お寺の壁とかに結構レンガが使われていたり。
――レンガから見る歴史って面白いですね。
前田さん 路上観察ではあまりこういう説明はしないんだけど、そこから日本の産業革命は生糸とさ、要するに本源的蓄積ってやるわけよ。作った生糸を外に出すためには鉄道が必要なわけで、1番やばいのは、あの碓氷峠を越えなきゃいけないから、あそこを作るのは大変だった。
――もともとの目的は生糸を運ぶためだったんですね。
前田さん そう。でもそういう説明はあんまり路上観察には関係ない。説明を聞いちゃうとシラケちゃうから「コレがナンであるのか」とかはあんまり追求しない。「知らぬが仏」じゃない「知らぬが楽しみ」であって、勝手な想像して、妄想して、ああだこうだってくだらないこと言ってるのがいい。

事務局には貴重な物件のスライド写真がたくさん保管されていました
ステテコシャンシャン♪
――ところでみなさん、ステテコにご興味ありますでしょうか?
濱田さん 半ズボンじゃないし、長ズボンでもない、その半分ぐらいの……でもステテコって定義は?
――非常に曖昧なんですけど、強いていえばズボン下ですかね。
前田さん 昔は木綿だったのがメリヤスになってさ、洗濯すると縮んじゃって穿けなくなっちゃうとかさ。それでもまだ俺、持ってるけどね。
――あ、まだお持ちですか?
前田さん ありますあります。歌も歌いましたよ。“ステテコ、シャンシャン♪”ってのね。
――なんですかそれ!?
前田さん 知らないの!? “どんぶりばっちゃ浮いた浮いた、ステテコ、シャンシャン♪”って有名じゃないですか。
濱田さん 若い人は知らないんですよ(笑)。
――何の歌ですかそれ。知りたいです。
前田さん 後で検索してみてください。そういう戯歌がたくさんあるわけで、その中に“どんぶりばっちゃ浮いた浮いた、ステテコ、シャンシャン♪”って……。
――わあ、素敵!
前田さん 何が素敵だって、それ知らなくてステテコやってんの!?
――すみません(汗)。
前田さん まあ、それも素晴らしいけど(笑)。というわけで、私は穿いていますよ。夏は穿きます。

「路上、お邪魔ですか?」展・2025年11月1日付の号外(路上観察学会事務局 発行)
路上観察学会40周年いろいろ
――今年の活動予定など、告知がありましたらぜひ。
濱田さん 定期的には「まいまい京都」で月1回、路上をテーマに1時間半のオンライン講座をやってます。
本橋さん 「まいまい京都」はいわゆる観光ツアーではなく、新しい京都を知りたい京都民のためのツアーをたくさん主催してるんですが、今回、路上観察学会が40周年ということで事務局に加わってもらって「路上観察学会オフィシャルクラブ」として去年から2年ぐらいかけて、いろんな積み重ねをしているところです。
濱田さん オフィシャルクラブは誰でも気軽に参加できるオンラインサロンという感じですね。
本橋さん それから今、金沢21世紀美術館では「路上、お邪魔ですか?」という展覧会を準備していて、ざっくり言うと公共の空間を考えるというテーマなんですけど、4月25日から9月6日の予定でその後は東京の松濤美術館にも巡回します。
――おお。すごい!
本橋さん その展覧会では路上観察学会だけじゃなくて現代美術とかいろんな人たちに参加していただくのですが、それとは別に路上観察学会の主催として8月1日に東京で40周年のトークイベントをやる予定です。
――今年は忙しくなりそうですね。今日は楽しいお話をありがとうございました!
前田さん、濱田さん、本橋さん、石川さん ありがとうございました。
路上観察学会
1986年に赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊、松田哲夫、林丈二等が中心となり結成。長年に渡り、路上にあるちょっとした変なものを見つけて歩く学問を牽引してきました。40周年を迎える2026年は「まいまい京都」でのオンライン講座、金沢と東京での関連展覧会、学会主催のトークイベントなど、楽しみな企画が目白押しです。
路上観察学会オフィシャルクラブ(まいまい京都)
金沢21世紀美術館