

今月の絵『CDとLP』 by Ryu Itadani
芸能山城組に聞く“群れ創り” 前編 — ハトの会からマルチ・パフォーマンス・コミュニティーへ —(月刊ステテコ4月号)
4月になりました。寒さに耐えた桜が各地で開花する春は、新たな仲間と出会う季節でもあります。そこで今回は「仲間づくり」のヒントを求めて、“群れ創り”、“ひと創り”に挑み続ける「芸能山城組」*の谷島さん、小日向さん、宮部さんにお話を伺ってみました。
*芸能山城組:科学者であり、芸術家でもある山城祥二さん(本名・大橋力さん)を組頭とするアーティスト集団。1974年の結成以来、アマチュアであることにこだわり、世界の民族音楽をフィールドワークしながら独自の芸能活動を展開。アニメ映画『AKIRA』の音楽や、新宿で行われるケチャまつりなどでも知られています。

左から、案内人の宮部さん、研究者の小日向さん、ケチャまつり実行委員長の谷島さん
1960年代:「ハトの会」と文明批判
―― そもそも「芸能山城組」はどんな集団なのですか?
宮部さん 「人類本来のライフスタイルを模索、追求し、検証する実験集団であり、かつ文明批判の一拠点です」と表現しています。
―― はい…(これは難しいぞと感じていました)。
宮部さん もう少し具体的にいうと、作曲演出家である山城祥二を中心とする「音楽・芸能の創作表現活動」と、脳科学・生命科学者である大橋力を中心とする「研究活動」を両輪でやっている団体、です。世間的には野外イベントの「ケチャまつり」とか屋内ホールでの公演とか、アニメ映画『AKIRA』などに代表される音楽作品がよく知られていると思います。でも実は研究活動も同時にやっているところが、他とは異なる、かつ説明が難しいところですね。
西欧音楽と「ハトの会」
小日向さん もともと1960年代に「ハトの会」という合唱団があって、それが芸能山城組の前身なんです。
宮部さん 最初は大学の合唱サークルだったんですよね。そこに1966年、山城祥二が指揮者として就任したのがすべての始まりです。

芸能山城組・組頭の山城祥二さんと、1960年代のハトの会のようす(ともに©️芸能山城組)
小日向さん 私はその時代のことは直接には知りませんが、その頃の合唱団「ハトの会」は、近代的な組織としての規約を持っていて、それに従って意思決定がされ、指揮者は合唱団に雇われるという時代でした。
―― 学生運動の頃ですよね。
小日向さん そうです。例えば「うたごえ運動*」のように、合唱団の活動が政治的な活動とも結びついていたりした時代ですね。
*うたごえ運動:戦後の日本で、合唱団として社会や政治の問題を訴えた活動。1960年代が最盛期でした。
宮部さん その「ハトの会」が山城の提案で、いわゆる西洋のベルカント唱法から脱却しようと、ブルガリアやジョージアの伝統合唱に挑戦していました。
小日向さん 当時の日本は西欧文化に追いつき追いこせっていうキャッチアップの時代で、音楽についても西洋音楽しか子どもたちに教えない傾向が圧倒的だったし、戦後いろんな歴史的経緯のなかで、自分たちの伝統音楽や邦楽を否定さえして、西洋音楽教育をやるようなことになってしまってたんです。
―― 西洋式がひとつ正義だったと。
小日向さん 合唱団も西洋音楽、オペラの発声法を勉強するのがあたりまえ。「西洋音楽以外は音楽じゃない」というくらい知識や価値観が偏ってしまっていましたから、西洋文化圏以外の音楽をやること自体がめちゃくちゃ挑戦的で反抗的でした。山城組は異端児だと見なされて、西洋音楽しか認めない合唱コンクールなどには、出場できないことさえあったと聞いています。
―― 今では想像できないですね。
小日向さん もちろん西洋音楽がすべてダメだというわけではなく、西洋音楽至上主義がよくないのです。現代では信じられないことだと思いますが、西洋音楽が一番だとか、それしかやっちゃダメっていう時代があった。そこで山城たちは議論しているより、自分たちでとにかく実践する、挑戦していくことを選んだ。芸能山城組が発足する前には、そういう重要なスタンドポイントがありました。
―― 音楽の多様性を求めた挑戦が根本にあったのですね。

「ケチャまつり」のようす(©️芸能山城組)
1970年代:ケチャとの出会いと芸能山城組の誕生
宮部さん その後、ブルガリアやジョージアに続いて、いわゆる西洋じゃないところの民族芸能としてチャレンジしたのがインドネシア・バリ島のケチャで、1974年には外国人として世界で初めて完全上演に成功しました。これを契機に「ハトの会」は「芸能山城組」へと生まれ変わったんです。
小日向さん ここは「群れ創り」とも大きく関係する起点です。ケチャは西洋音楽ではないし、ケチャをやるのはバリ島の農村の人たちです。ブルガリアもジョージアも同じように伝統的な村にアマチュア合唱団がいたりするんですけれど、ケチャを演じる人々の伝統的共同体システムは非常に緊密で、近代的な組織とはまったくちがうコンセプトで組織化された群れだったのです。
山城の師のお一人であった民族音楽学者の故小泉文夫 東京芸術大学教授による「芸能はその社会を映し出す鏡である」という言葉そのままに、ケチャに取り組んだことによって、当時の近代的組織「ハトの会」そのものが、いろんな矛盾をかかえることになってしまった。
―― いろんな矛盾とは?
小日向さん 「ハトの会」のそれまでの多数決を唯一絶対とする意思決定のルールとか、「ハトの会」が指揮者として山城を雇う設定とか、さまざまな規約がケチャにはまったく当てはまらないんですよ。詳細は省きますが、バリ島の共同体のシステムは近代的組織のルールとは全然ちがう。そもそも成文化したものがなく、村ごとにもカスタマイズされていて多様。また常に状況に合わせて融通無碍にも変容する。いつも一緒に農耕や祝祭を共同してやっているので、全員があらゆる情報を共有していて、いちいち説明しなくても阿吽の呼吸で通じ合うという群れだったんです。そこで、自分たちでそのケチャの群れのシステムを実験してみようということになり、1974年にケチャの完全上演に成功した日をもって、名前を「芸能山城組」に改めて、山城祥二を組頭とする新しい群れ創りの実験が始まっていくんです。

芸能山城組機関誌『地球』Vol.28(1982)より(©️芸能山城組)
1980年代:『輪廻交響楽』と『AKIRA』
―― 1970年代後半から80年代前半にかけてたくさんのアルバムを発表されていますよね。
宮部さん ブルガリア、ジョージア、ケチャ(インドネシア)に続いて、他にもいろんな国々の合唱にトライしています。この図はかつて山城組が発行していた『地球』という機関誌からピックアップしてきたものです。
小日向さん 実践している異なる文化圏の音楽・芸能は世界中に80系統はあると思いますね。山城組の作品としてLP・CDに収められているものも、たくさんあります。
宮部さん 地球上の多様な民族音楽を、担当をわけて実践するのではなく、1人の人間が文化横断的にさまざまな音楽を実践しています。『やまと幻唱』は日本の長唄や民謡などが入っていますし、『シルクロード幻唱』はシルクロードの国々の歌が入っていたりとか、いろんな国や民族の音楽を歌ってきた歴史があって、今はサブスクリプションでほぼ解禁されてるので、聴いていただける機会が増えたかなと。そうしたマルチな音楽の実践を背景に、オリジナルとして山城が作曲した交響楽が1986年の『輪廻交響楽』です。

左から『やまと幻唱(1977年)』、『シルクロード幻唱(1981年)』、『輪廻交響楽(1986年)』、『Symphonic Suite AKIRA(1988年)』、『翠星交響楽(1990年)』

『AKIRA REMIX(2025年)』
宮部さん それから『輪廻交響楽』のエポックとしてよく話すのがアニメ映画『AKIRA』の大友克洋先生。原作・監督をつとめられた大友先生が、芸能山城組に『AKIRA』の音楽を依頼しようと思ったきっかけが『輪廻交響楽』だったそうなので、やっぱりいろんな人に衝撃を与えた作品だったんだろうなと思います。
―― 熱狂的なファンが世界中にいますよね。
CDの登場とハイパーソニック・エフェクトの発見
宮部さん その後1990年の『翠星交響楽』を境にCDの新譜はほとんど作らなくなったんですけど、それはなぜか。
―― なぜですか!?
小日向さん 『輪廻交響楽』を作った1986年はCDが世界に登場してくる時期です。CDってダイナミックレンジ*が広くなって解像度も増して、ものすごく音が良いという触れ込みで登場したんです。確かに良いといえば良いのですが、結局、音のおいしさとか旨みのような味がどこか足りない。従来のLPの方が魅力的で音が良いということになって「CD・LP論争」まで起こりました。
*ダイナミックレンジ:歪みなく再生・録音できる音量の幅、この幅が広いほど、繊細な音から迫力ある大音量まで表現できる。
―― CDとLPの違い、音の旨み?
小日向さん 当時、レコード会社から「同じマスター音源でLPとCDの両方を制作したいのでオリジナル曲を作ってください」という依頼が山城にあったんです。その制作過程のなかで山城は、作曲だけでなく録音編集にも関わっていたことから、あることに気がついた。LPでは人間の可聴域を超える超高周波(ハイパーソニック)を記録して音質を向上させることができるけれど、CDフォーマットではそもそも可聴域を超える22.05kHz以上の高周波を記録することができない。その再生帯域の違いが音のおいしさの違いの原因ではないかという仮説を立て、ハイパーソニック研究は始まりました。
―― 高周波がなくて、音の旨みが出ないからCDを作らなくなったんですか?
小日向さん 研究をやっていくなかで人間の脳の血流を調べてみると、何も音を聴いてないときより、超高周波を含まないハイカット*の音を聴いているときの方が脳の血流が減少するということが見られたんです。ハイカットの音が人間の脳に無害なら良いのですが、血流を低下させて負の影響があるかもしれない可能性がわかった以上、研究者のモラルとしては確かなことがわかるまで積極的にCDを作ることができなくなってしまいました。人間が音に対してどう反応する生物なのかを突き詰めなきゃいけないということで、ハイパーソニック・エフェクトの研究が40年続いている状況です。
*ハイカット:人間の可聴域上限である20kHz以上の成分をカットする処理のこと。

ハイパーソニック・エフェクトの研究(©️大橋2009) 研究ハイライトも併せてどうぞ
―― それでだったんですか。でも超高周波って、どんな音なのでしょうか?
小日向さん 人間の耳から、すなわち鼓膜を通じて音響情報を受容する聴覚神経系のしくみでは、私たちはおよそ20kHz以上は聴くことができないんですが、空気中には人間には聴こえない音がいっぱいあるわけです。音楽はもちろんですが騒音にも高周波騒音、低周波騒音などあります。そういうものは空気中にあって耳からは聴こえないけれども、私たちは浴びています。だから環境にあるすべての音響振動(空気振動)に対して、人間がどう反応する動物なのかを突き詰めないといけない。
―― なるほど。
小日向さん いっぽう熱帯雨林に行くと、特に昆虫が多いんですけど、水の音や植物が風にそよぐ音など、環境の中に天然自然に発生している超高周波が充満しています。私たちホモサピエンスの遺伝子はそういう超高周波が豊富な熱帯雨林環境で進化してきているので、耳からは聴こえないけど身体が感じていないはずはない、という仮説の元に研究しています。
―― だんだんわかってきました。
小日向さん 耳から聴こえてないのになぜ脳が反応するのかについて、超高周波は体表面に浴びせることで脳の状態が変わることがわかってきました。そのメカニズムについては研究途上です。CDはさまざまなメリットもあったわけで、すばらしいメディアでしたが、その時点の近代文明の科学の知識や技術では限界もあった。文明としての限界だったともいえます。
―― ハイパーソニックをめぐる未開拓地があった。
小日向さん 「行動する文明批判」という立場からは、科学技術文明は素晴らしいけれども、限界があるかもしれないことはちゃんと確かめる。とりわけ、人間の自然性において何が必要で、何がまだ不十分なのかを調べることは重要だと考えています。
―― なるほど。近代文明にはないケチャの共同体システムの実践と、近代文明の限界を見極めようとして始まったハイパーソニック・エフェクトの研究は根本的に同じ行動原理ということですね。
小日向さん はい。しかも、人間が「チャッ!」って出す破裂音ってすごい超高周波が出るんです。叩く音や弾く音もそうですけど、人間が出す音では破裂音や摩擦音なんかが超高周波音が結構出ます。ケチャは実践している人同士がすぐ隣で近接し、互いにたっぷり高周波を浴びていますよ(笑)。

毎年夏に新宿で行われているケチャまつりのようす(ともに©️芸能山城組)
宮部さん ケチャまつりって行かれたことあります? 毎年夏にやっているんですが、今年の日程は7月29日(水)から8月2日(日)までの5日間で決まってるので、ぜひ紹介していただきたいんです。ケチャまつりはブルガリアやジョージアの伝統合唱、AKIRAの音楽、バリ島のケチャ、そしてガムランを私たちが実践する場であり、合唱講座世界地図で見た山城組の「マルチミュージカリティー」を生で味わっていただける機会です。入場無料で気軽に参加できますし、山城組の活動が最もわかりやすく伝わるイベントですね。ケチャを演じる仲間も募集中です。今から参加いただければ、ケチャまつり本番でケチャを見るだけでなく、演者としてハイパーソニックを堪能できますよ。
―― 未体験でしたが今年はぜひ行ってみたいです。
と、今回は前編として芸能山城組の誕生からハイパーソニック・エフェクトまでご紹介しました。続く後編では芸能と仲間づくりの核心に迫っていきたいと思います。7月号での公開予定です。どうぞお楽しみに!
芸能山城組の2026年の主な活動予定
■ケチャまつり
7月29日(水)~8月2日(日)
新宿三井ビルディング55HIROBA
■「幻響『鳴神』」公演
11月22日(日)
なかのZERO大ホール
■最新情報は公式サイト、SNSでご確認ください
芸能山城組公式サイト:www.yamashirogumi.gr.jp
Instagram:@yamashirogumi_official