

今月の絵『詩集』 by Ryu Itadani
詩人・巻上公一さんに聞く、少年はいかにして詩人になるのか!?(月刊ステテコ5月号)
5月になりました。初夏の陽気に芽吹く若葉のように、あちこちから、こども達の元気な声が聞こえてきます。ところで最近のこども達はスマートフォンのメッセージを自由自在に使いこなします。連絡と遊びが混ざり合うタイムラインはまるで「詩」のようでもあり、もしかしたら、こどもというのは非凡な才能を秘めた「詩人のたまご」なのかもしれません。そこで今回は「小学生のころから詩を書き始めた」という、詩人で音楽家、バンド「ヒカシュー」のリーダーでもある巻上公一さんを訪ね、お話を聞いてきました。

巻上公一:静岡県出身の詩人・音楽家・パフォーマー・プロデューサー。バンド「ヒカシュー」のリーダーでもあり、喉歌ホーメイの第一人者でもあり、舞台の演出家でもあり、長年にわたって独自のカルチャーを突き進む超人のような方です。初の詩集『至高の妄想』では第1回大岡信賞を受賞。
とにかく本が大好き少年
―― 今日はありがとうございます。巻上さんはどのように詩と関わるようになっていったのでしょうか。
巻上さん 友達でね。詩を書くのが上手な子がいて。詩の授業があるでしょ。国語で詩を書いたり。それが最初だと思う。たぶん宮沢賢治とかを読んでいたんじゃないかな。
―― 小学校低学年の頃ですか?
巻上さん そうそう。文集があるでしょ。こどものときの。あれに友達が詩を書いたりしてて。その詩を見てとってもいいなと思ったのが最初かな。
―― そのまま詩にハマっていったわけではないんですよね?
巻上さん じゃないです。
―― ではもちろん野球とか、こどもらしい遊びも……?
巻上さん あんまりこどもらしいことはしなかったな。体育が嫌いで。でも運動はできるんですよ(笑)。
―― 運動はできるのになぜ?
巻上さん 「授業」が嫌いで(笑)。本を読んでいる時間の方が多いので図書委員をやったり。本を読むのはすごく好きだった。
―― どんな本を?
巻上さん 高学年になると三島由紀夫とか川端康成。
―― ずいぶん早いですね……。マンガも読んでいましたか?
巻上さん マンガはその当時だと『少年サンデー』、『少年マガジン』、『少年キング』……。まだ貸本屋があったので。貸本のマンガを読んでました。
―― かなりの文学少年だったんですね。
巻上さん 文学かどうかわからないけどマンガも描いてたし。忍者モノが好きだった。横山光輝*さんの『伊賀の影丸』とか。
*横山光輝:兵庫県出身のマンガ家。『鉄人28号』などのロボットものから『伊賀の影丸』などの忍者もの、『三国志』などの歴史ものまで幅広く子どもたちに夢を与えてくれました。
―― すごいなぁ。
巻上さん すごくもなんともないですよ(笑)。中学生ぐらいからは『天文ガイド』とか。
―― サイエンスものまで(笑)。
巻上さん 「誠文堂新光社」から出てたものをよく読んでて。あと『学研』の「学習」とか「科学」とか。旺文社の『コース』とかも取ってました。とりあえず文章に飢えてる。小学生のときから読みまくり(笑)。

巻上さんが案内してくださった湯河原の万葉公園には満開の桜がたくさん
寺山修司との遭遇
―― いろんな本や文章が好きだったから、おのずと詩にも興味が?
巻上さん 詩はときどき載っているの見ておもしろいなと思ってちょこっと書き始めたぐらいで。中学生ぐらいになると寺山修司*が好きになって。友達の家に『寺山修司少女詩集』があって。でも割とね、中身は少女向けじゃないですよ。ギリシャ神話の話とか。なかなか深いんですよね。寺山作品は。
*寺山修司:青森県出身の歌人・劇作家。少年時代から文才を発揮し、俳句や短歌、詩のほかに演劇の脚本や評論、映画やラジオドラマなど、多彩な文化活動を行いました。
―― 難しそうです。
巻上さん うん。これ本当に少女向けなのかなと思いながら読んで。寺山さん好きになって。中学3年ぐらいかな。お年玉でその時に手に入る寺山さんの本をぜんぶ買いました。
―― お年玉ぜんぶ(笑)。
巻上さん 『寺山修司戯曲集』とか。分厚いの。横尾忠則の装丁。
*横尾忠則:美術家・グラフィックデザイナー。既成のジャンルを越えて自由な創作スタイルでさまざまなカルチャーに接続。1969年の『新宿泥棒日記』(監督:大島渚)では主演も務めました。
―― 寺山さんご本人にお会いしたことは?
巻上さん ありますよ。手伝ってました。
―― え!? お仕事で?
巻上さん はい。
―― そうだったんですか。不勉強でした。
巻上さん いや、誰も知らないです(笑)。僕、東京キッドブラザーズ*にいたので。寺山さんとは近いんですよ。(主催の)東由多加さんが天井桟敷*の出身だったから。寺山さんはパーティーとか何かの折に必ず顔を出してました。
―― そのご縁で寺山さんの仕事を手伝うように?
巻上さん 東京キッドブラザーズで楠原映二*さんとかと知り合いになって。ロンドン公演が終わって劇団を辞めて日本に帰ってきたあと、寺山さんが活動の拠点にしていた「人力飛行機舎」で取材の手伝いとかをしてました。
―― 映画『風の歌を聴け』に出たあとですか?
巻上さん いや、出る前です。ヒカシュー*始める前だから。20歳になるかならないかぐらいかな。
*東京キッドブラザーズ:劇作家・演出家の東由多加が1968年に設立したミュージカル劇団。
*天井桟敷:寺山修司が主宰した前衛演劇グループ。1960~70年代にかけて人気だったアングラ劇団の代表格
*楠原映二:東京生まれの俳優。東京キッドブラザーズを経て1970年代からイギリスを拠点に活動しました。国際舞台で活躍した日本人俳優の先駆的存在です。
*『風の歌を聴け』:作家・村上春樹の原作を1981年に映画化(監督:大森一樹)。巻上さんは主人公の友人「鼠」役として出演しています。
*ヒカシュー:巻上さんがリーダーを務めるバンド。1978年の結成以来、たくさんの作品を発表。現在も東京・吉祥寺「スターパインズカフェ」でのマンスリーライブをはじめ、ますます精力的に活動中です。

思考が宇宙のように広がる博覧強記の巻上さん
音楽もグングン吸収
―― 音楽はどの辺から火がつき始めたんですか。
巻上さん 当時『guts(ガッツ)』っていう音楽誌が創刊されたんですよ。
―― ガッツ?
巻上さん ガッツがある。ガッツがない。の「ガッツ」。その『guts』が割と濃い音楽誌だったんですよ。その頃は映画音楽がヒットチャートに載るような時代で。
―― 映画の音楽がですか?
巻上さん うん。例えばビージーズの『小さな恋のメロディ』(1969年)とか大ヒットしてるけど。映画の中の曲なんですよ。あとエンニオ・モリコーネ*。
―― エンニオ?
巻上さん エンニオ・モリコーネがマカロニウェスタン*の曲をいっぱい書いていて。インストゥルメンタルなんだけどものすごく流行って。ヒットチャートの上に行く。『夕陽のガンマン』とか。そういう譜面が載ってたり。音楽理論、コード・プログレッションっていう講座とか……。
*エンニオ・モリコーネ:イタリアの作曲家。映画音楽もたくさん手がけており、マカロニウェスタンのほか、1988年の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』(監督:ジョゼッペ・トルナトーレ)の音楽も担当しています。
*マカロニ・ウェスタン:1960~70年代にイタリアで製作された西部劇の総称。欧米ではスパゲッティ・ウェスタンと呼ばれていますが、日本で公開された際に映画評論家の淀川長治がマカロニと呼び変えたのだそう。
―― かなり本格的なんですね。
巻上さん それで中学3年の頃かな。ビートルズの『Let It Be』が出てすぐにコピーして。学校の発表会で5人ぐらいのメンバーで。僕はリードギターでした。歌はピアノの子が歌って。
―― 歌はいつごろから自分で歌うように?
巻上さん 歌うようになったのはだいぶ後ですね。ヒカシューを組む前ぐらい。高校の時に劇団を作ったんですけどその中で劇中歌が欲しいと思って。自分で作詞作曲しました。台本を友達と一緒に書いて。歌はぜんぶ僕が作って。
―― その動機には、やはり寺山修司の影響が?
巻上さん あります。『書を捨てよ町に出よう』の映画のサウンドトラックには今の日本のロックを創った人たちがほとんど関わっていて。すごい影響を受けました。あと寺山さんの朗読してる声。「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」。自分の短歌を朗読してるのがすごくよくて。ハマりましたね。すっごくハマった。

巻上さんの詩集。左から『至高の妄想』(書肆山田)、『濃厚な虹を跨ぐ』、『眼差から帰還する』(ともに左右社)
やがて詩集へ
―― 今、読むことができる巻上さんの詩集は3冊ありますけども、詩集を出したきっかけは?
巻上さん ヒカシューをやる前から詩を書いていて。『プヨプヨ』とか『幼虫の危機』とか。でもそれを普通のポップスにするのは難しい。やっぱり劇中歌的に作ってたので詩として書いてるんですね。
―― 「曲」よりも「詩」が先だった。
巻上さん そうそう。でも詩集を出そうなんていう気はなかったんだけど、バンドが40周年を迎えたときに出したらどうかっていう話があって。それでいろいろ見るようになって。書肆山田*の詩集がすごい綺麗でいい詩集いっぱい出してて。自分でもたくさん持ってたんで知り合いの石井辰彦*という歌人に紹介してもらって出すことができた。
*書肆山田(しょしやまだ):詩集のコレクターだった山田耕一によって1970年に創業。詩や芸術、哲学などを扱う文芸誌を主に出版し、1980年代に「ライト・ヴァース」という言葉を日本に定着させました。
*石井辰彦:神奈川県出身の歌人。1970年代前半から現代短歌を発表し始め、機関誌や同人誌の編集・発行を数多く手掛け、日本の現代詩を開拓し続けています。
―― とても立派な装丁ですよね。
巻上さん 詩が72編ぐらい入っているからちょっと多いんですけどね。詩集の人その半分ぐらいですよ大体。35編か40編ぐらいで出すのが通常です。でも僕は何しろ書き溜めてあるのでそれでは足らないんです全然(笑)。
―― 巻上さんの詩は短いのが多いから読んでいると、もっともっと、って思います。
巻上さん ライト・ヴァースっていうジャンルがあるんだけど。軽い詩。割と読みやすい詩。書肆山田がライト・ヴァースって言葉を広めて。谷川俊太郎*さんが中心なのだけど。その詩集とか見てていいなと思ってたんです。読みやすくて。
*谷川俊太郎:東京出身の詩人。1952年に『二十億光年の孤独』でデビュー以来、日本の詩の世界を引っ張り続けた国民的詩人。巻上さんの詩を高く評価しています。
―― 「軽い詩」ですか。
巻上さん 特に日本の場合は詩人っていうと戦後詩の人たちは鮎川信夫*さん含めてみんな割と戦争を引きずってるので。重さと暗さを持ってる人たちが多かったんです。(書肆山田は)その中からだんだん突き抜けていく人たちを特集してたんですね。もっと読みやすいような。いいなーって。それが気に入って。そういう方向の詩を書きたいなと。
*鮎川信夫:1920年生まれの東京出身の詩人。10代で詩作を始め、過酷な戦時下を詩とともに潜り抜ける。戦後は詩誌『荒地』の創刊に関わるなど、日本の詩の中心的存在でした。

公園内のあずまやにたたずむ巻上さん
巻上さんの活動告知あれこれ
― それでは最後に告知などございましたら、ぜひ。
巻上さん 5月は24日に蒲郡で「森、道、市場2026」っていうフェスに出演します。その前に22日に静岡の「フリーキーショー」でライブやって。あと6月7日は「巻上公一と熱海サンビーチ」のライブが「七針」であります。東京駅のそば。6月13日には荻窪の「ベルベットサン」で。サンフランシスコから(来日する)ドラムのスコット・アメンドラとやります。それぐらいかな。あとは毎月やってるので。ヒカシューは。
―― 吉祥寺の!!
巻上さん そうそう。吉祥寺の「スターパインズカフェ」で毎月。5月は18日です。もう一個あった。モリさんが来るんだ。5月16日にモリイクエさんのライブが湯河原の「カフェサンポ」であります。モリさんはニューヨークでずっと活動してるけど、もともとDNAっていうバンドでドラム叩いていた人で。ブライアン・イーノのプロデュースで『ノー・ニューヨーク』っていうコンピレーション・アルバムも出てるんですよ。
*モリイクエ:ニューヨークを拠点とするドラマー。1977年に結成されたバンドDNAでの活動や、アメリカの音楽家ジョン・ゾーンとの共同プロジェクトのほか、ソロとしても精力的に活動し続けているレジェンドです。
―― ありがとうございます。整理して掲載させていただきますね。
・5/16(土):カフェサンポ(湯河原)
・5/18(月):スターパインズカフェ(吉祥寺)
・5/22(金):フリーキーショウ(静岡)
・5/24(日):森、道、市場 2026(蒲郡)
・6/7(日):七針(八丁堀)
・6/13(土):ベルベッドサン(荻窪)

巻上公一さんオフィシャルサイト:http://www.makigami.com/
インスタグラム:@koichimakigami
X:@MAKIBRI