ステテコは明治時代、着物やハカマの下にはくものとして生まれた。洋装中心の生活になってからも、ズボン下や湯上がり着として日本人の日常に無くてはならないものであった。
明治13年頃、東京の落語家・三遊亭円遊(さんゆうていえんゆう)が、舞台で着物の裾を尻からげにして白い半モモヒキをあらわにした踊りが、巷で人気を博した。
これをステテコ踊りといい、以降、半モモヒキのことを「ステテコ」と呼ぶようになったと伝えられている。
四季のある日本の風土の中で、ステテコが一番重宝されたのが夏である。
"何故暑い季節にもう1枚下着をはくのか?"と疑問に感じる人も多いかもしれないが、高温多湿で蒸し暑い日本の夏において、「汗を吸い取り、ズボンと肌がぴったりつかずベタ付きを抑えることができて、大変着心地が良い」ということ、おまけに「汗によるニオイ・傷みを防ぎ、大切なスーツや着物を長持ちさせることが出来る」などの利便性を持つ。
日本の伝統芸能である落語に語源が由来する、実に日本的なウエアでありながら、下着(インナー)とくつろぎ着(アウター)両方の役割を担ってきたステテコは、世界的に見てもユニークなアイテムだといえる。